2008/05/07

川上弘美ワールド

川上弘美さんの『おめでとう』を読みました。短編集です。川上弘美さんの書かれる物語の世界は本当に不思議です。淡々と物語りは進行し、最初は何気なく読んでいるのに、いつの間にか読み入っている…。そして、そのまま淡々と終っていく…。

今回の本の中では、『夜の子供』というお話が好きでした。主人公の女性が、過去に一緒に暮らしていた男性と偶然に再会し、野球のナイターの試合を観に行くというお話でした。女性は男性に再会するまでは、男性のことを好きだった気持ちをしっかりと持っていたのに、いざ出会ってみると、それがどんな気持ちだったのかわからなくなってしまった、と実感するのです。一緒に暮らしていた時間、その時の二人は紛れもない事実だし、その時の気持ちだって真実なんでしょうけれど、時が流れ、別々の道を歩み始めると、それら共有した時も、抱いた気持ちも、そのまま冷凍保存されたように心の中に残ってしまうのでしょうね。「過去はいつたって輝いて…」などというフレーズはよく耳にするものですが、まさにその通りなのでしょう。過去は取り戻せないのに、ついつい冷凍保存された日々を、現在のものと錯覚してしまう…。女性はその錯覚に気が付き、自分の現実を確実に受け止めるのでした。人生って「今」の繰り返しなんですよね。

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